「メリエムの言った通りだな」
今度は微かに、頭部が動く。
微かでも、反応してしまった事実に不覚を感じる瑠駆真。ミシュアルはそれに気づかぬフリのまま、言葉を続ける。
「お前は少し、変わったようだ」
そう言って、ミシュアルも窓の向こうへ視線を向ける。
「日本に戻ったのは、お前にとっては良いコトだったのだな」
「わかったような口を利くな」
ようやく振り返った顔に、笑みをたたえる余裕はない。
彫の深い、甘く適度に整った顔。怒りと苛立ちに歪んでいる。
「僕のことなど、何も知らないくせに」
「そうだな」
あっさりと認める。
「私は、お前のコトをほとんど知らない」
向けられる鋭い視線を、真正面からはっきりと受け止める。
「だが、今のお前が、少しはわかる」
「僕の何が?」
訝しげに眉を潜める愛息子が、ミシュアルには少し可愛くも思える。
嬉しさに笑いたいのを必死に堪えて、できるだけ自然に口を開いた。
「ミツルという女性が、それほど好きか?」
途端、ガタリと椅子を倒して飛び上がる相手に、素早く付け足す。
「別にだからどうだと言うつもりはない」
相手の意図が読めず、ただ睨むことしかできない瑠駆真。そんな態度にミシュアルは、飽く間で冷静に会話を続ける。
「メリエムは、ミツルの存在はお前にとってはプラスだと言う。私も、今それを理解した」
そこで一呼吸置き、一旦視線を外し、改めて息子と対峙する。
「例え怒りでも構わない。そうやって感情をぶつけてきてくれるのが、私は嬉しい」
アメリカの生活に馴染めず、やがて部屋に閉じこもり、隅で蹲るようにいじけていた息子。誰が何を言っても大した反応も見せず、かと言えば時折意味不明な癇癪を起こして周囲を困らせていた、あの頃の彼。
あの頃の瑠駆真が、ミシュアルにはまったく理解できなかった。
「日本に帰りたい」
だた一つだけ示した意思を、理解もできずに尊重してやることしかできなかった。
何を考えているのかわからないくらいなら、それが例え恨みでも構わない。思っていることをぶつけてきて欲しい。感情を表に出してくれれば、息子との距離を縮める可能性を、僅かでも見出すことができる。
だが一方の瑠駆真は、嬉しいと言われてひどく不快を感じた。
この世で一番嫌いだと思う相手を、喜ばせたいとは思っていない。
「僕は嬉しくない」
低く唸るように言い返す。
「僕はちっとも嬉しくないよ」
「それは残念だ」
本当に落胆の色を含めて呟くが、瑠駆真にはそれが本心だとは思えなかった。
どうしてもミシュアルを、素直に受け入れることができない。
当然じゃないか。今まで僕のことも母さんのことも放っておいて、いまさら何が父親だ。
父親がいないことで、自分と母は苦労した。
楽とは言えない生活の中で、母は瑠駆真を強く育てるべく、厳しかった。内気な瑠駆真の素行を叱咤し、苦手な英語を執拗に強いた。
瑠駆真は、そんな母が嫌いだった。
そして、自分の胸に母への嫌悪を抱かせた、父が嫌いだった。
自分をこのような人間に仕立てたのは、父なのだ。父親以外に、原因はない。
詳しく具体的な内容は知らなかったとしても、瑠駆真が辛い思いをしていることは、この男も知っていたはずだ。だがそれなのに、親として顔を出すことはなかった。
そうして母が亡くなると突然現れ、瑠駆真を引き取った。
跡継ぎ目当ては明白だ。
そう言い聞かせながら、心のどこかにひっかかる。
なぜアジア人の僕を、引き取ったのだろう?
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