【アラベスク】メニューへ戻る 第4章【男ゴコロ】目次へ 各章の簡単なあらすじへ 登場人物紹介の表示(別窓)

前のお話へ戻る 次のお話へ進む







【アラベスク】  第4章 男ゴコロ



第3節 父と息子 [3]




「メリエムの言った通りだな」
 今度は微かに、頭部が動く。
 微かでも、反応してしまった事実に不覚を感じる瑠駆真。ミシュアルはそれに気づかぬフリのまま、言葉を続ける。
「お前は少し、変わったようだ」
 そう言って、ミシュアルも窓の向こうへ視線を向ける。
「日本に戻ったのは、お前にとっては良いコトだったのだな」
「わかったような口を利くな」
 ようやく振り返った顔に、笑みをたたえる余裕はない。
 彫の深い、甘く適度に整った顔。怒りと苛立ちに歪んでいる。
「僕のことなど、何も知らないくせに」
「そうだな」
 あっさりと認める。
「私は、お前のコトをほとんど知らない」
 向けられる鋭い視線を、真正面からはっきりと受け止める。
「だが、今のお前が、少しはわかる」
「僕の何が?」
 訝しげに眉を潜める(まな)息子が、ミシュアルには少し可愛くも思える。
 嬉しさに笑いたいのを必死に(こら)えて、できるだけ自然に口を開いた。
「ミツルという女性が、それほど好きか?」
 途端、ガタリと椅子を倒して飛び上がる相手に、素早く付け足す。
「別にだからどうだと言うつもりはない」
 相手の意図が読めず、ただ睨むことしかできない瑠駆真。そんな態度にミシュアルは、飽く間で冷静に会話を続ける。
「メリエムは、ミツルの存在はお前にとってはプラスだと言う。私も、今それを理解した」
 そこで一呼吸置き、一旦視線を外し、改めて息子と対峙する。
「例え怒りでも構わない。そうやって感情をぶつけてきてくれるのが、私は嬉しい」
 アメリカの生活に馴染めず、やがて部屋に閉じこもり、隅で(うずくま)るようにいじけていた息子。誰が何を言っても大した反応も見せず、かと言えば時折意味不明な癇癪(かんしゃく)を起こして周囲を困らせていた、あの頃の彼。
 あの頃の瑠駆真が、ミシュアルにはまったく理解できなかった。
「日本に帰りたい」
 だた一つだけ示した意思を、理解もできずに尊重してやることしかできなかった。
 何を考えているのかわからないくらいなら、それが例え恨みでも構わない。思っていることをぶつけてきて欲しい。感情を表に出してくれれば、息子との距離を縮める可能性を、(わず)かでも見出すことができる。
 だが一方の瑠駆真は、嬉しいと言われてひどく不快を感じた。
 この世で一番嫌いだと思う相手を、喜ばせたいとは思っていない。
「僕は嬉しくない」
 低く唸るように言い返す。
「僕はちっとも嬉しくないよ」
「それは残念だ」
 本当に落胆の色を含めて呟くが、瑠駆真にはそれが本心だとは思えなかった。
 どうしてもミシュアルを、素直に受け入れることができない。
 当然じゃないか。今まで僕のことも母さんのことも放っておいて、いまさら何が父親だ。
 父親がいないことで、自分と母は苦労した。
 楽とは言えない生活の中で、母は瑠駆真を強く育てるべく、厳しかった。内気な瑠駆真の素行を叱咤し、苦手な英語を執拗に強いた。
 瑠駆真は、そんな母が嫌いだった。
 そして、自分の胸に母への嫌悪を抱かせた、父が嫌いだった。
 自分をこのような人間に仕立てたのは、父なのだ。父親以外に、原因はない。
 詳しく具体的な内容は知らなかったとしても、瑠駆真が辛い思いをしていることは、この男も知っていたはずだ。だがそれなのに、親として顔を出すことはなかった。
 そうして母が亡くなると突然現れ、瑠駆真を引き取った。
 跡継ぎ目当ては明白だ。
 そう言い聞かせながら、心のどこかにひっかかる。
 なぜアジア人の僕を、引き取ったのだろう?







あなたが現在お読みになっているのは、第4章【男ゴコロ】第3節【父と息子】です。
前のお話へ戻る 次のお話へ進む

【アラベスク】メニューへ戻る 第4章【男ゴコロ】目次へ 各章の簡単なあらすじへ 登場人物紹介の表示(別窓)